今日から

日々を綴る

楽しみです

私たちの世代にはまだ「文通」という人と人とつなぐ方法があって、それは今の

携帯電話と比べたら考えられないほど

手間と時間のかかるものだったけれど、書くことの楽しさ、想像力、待つという事のワクワク感等々得るものも多かった。

転校が多かったので、一時は随分沢山の人と手紙のやりとりをした。

その中で60年近く経った今も交流が続いているのは一人。小学校で二年間同じクラスだったNちゃん。


Nちゃんは親分肌で、意地悪な〇〇一派と日々繰り返される抗争でも、私はコバンザメのようにNちゃんの後にくっついていれば安心だった。


小学校高学年の頃の便りで、クラスのやんちゃ坊主と一緒にバケツを持って廊下に立たされ、そのうちにまた喧嘩になり、殴り合っていたら先生が出てきて2人一緒に殴られたと書いて来た。


二人の様子を想像し、しばらく笑った。

勝気で正義感が強くて明るくて、今に至るまでとにかく健康なNちゃん。


Nちゃんは新幹線に乗らなければならない距離の所に住んでいるが、大人になってからは、考えてみると数年おきに会っている。


数年前、私に会いに来てくれた時にはホテルにシングルルームを二つ取って夜まで話した。大きなショルダーバッグを最後まで持ち歩いていて、でも重そうでもないしと不思議に思っていたら別れ際にそこから大きな在住地名産のお煎餅の箱をゴロリと出した。


二年前には私の東京での受診とNちゃんの娘さんの子育て支援の上京(大学講師をしながらの娘さん支援。未だにエネルギッシュが止まらない)とを合わせて会い、病院近くのホテルでケーキに名前からを入れておいてもらってサプライズ。

Nちゃんのバースデーを祝った。


あと何回会えるのだろうと考える年齢などになった。

ハタと膝をたたいた。

ビデオ通話なら顔が見られる。


かくして、時は過ぎすっかりおばあちゃんになった幼馴染が顔を見ながら話すという、60年前には想像もしていなかったことに挑戦です。