未だ見ぬ世界を
知りたいと思うことがある→YouTubeを見る。
という動作が当たり前になってしまった。未知の扉は簡単に開かれる。動画で一目瞭然である事柄は多い。手取り早い。
例えば最近知りたかったこと。
1、沖縄の人が吹く指笛の吹き方
2、タティングレースの手の動き
3、英字新聞を使ってトートバッグを作る方法
もしYouTubeがなかったら、インターネットがなかったら......図書館に行く?
で、自分の本にしたかったら本屋さんへ...かなあ。何倍の時間がかかるだろう。
疑問が即解決する。そして私のこの脈絡のない、あっちゃこっちゃの好奇心は満たされるのです。
1~3について。
1は色んな方法があるようだけど、情けない漏れるような音が出た時点で終了。
2は肝心なところが分からず、教室にも通ったが、根をつめすぎてストップ、
3はとても便利!発病前に行った時に持ち帰っていたフィレンツェの新聞は、(英字ではないけど)交通事故の遺体のカラー写真が載っていたり、ヒットラーの写真が載っていたりで、それを内側に入れなければならかったりするが、なかなかいい感じに仕上がった。
昔から好奇心の強い子供だった。
2~3歳の頃、軒下に立って上から落ちてくる雨だれをずっと見ていたらしい。顔に落ちてくる雨だれを。
母は「この子はバカなのか」と思ったと言ったが、私には分かる。
ピタン、ピタンと落ちてくる雨だれを目を閉じないでどこまで見ていられるか、その限界点で雨だれはどんな風に見えるのか知りたかったのだ。
小二の時ブランコに乗っていて、ふと両手はどこまで下に下げられるかと思った。校庭の隅のブランコで周りに人はいなかった。ジリジリ下げてほぼ鎖に渡した板に手がつくかという瞬間、身体は真後ろに倒れ後頭部強打。実験終了。
どうもこの「とにかくやってみよう」体質はこの歳になっても変わらないので、YouTubeはとりあえず視覚で満足させてくれるという点で実にありがたい。
でも改めて、子供の私、もう少し何かに繋がるものに目はいかなかったかなあ。
ちょっとヘンな子供がそのまま今に至っているわけで。