おやすみ
夫と歩いた。
私のいつもの散歩道を。
公園を抜けるとこの街では珍しい平らな道に出る。
空を見上げる。
「ここ、一番空が広いんだよね。」
夫の好きな面白い形の雲、私の好きな飛行機雲、今日はどちらもなくてただ青い空が広がっている。
夫の目の高さだとずっとずっと向こうに海が見えるらしい。
残念ながら私には見えない。
けれど何と言う清々しさだろう。
夫と話したい事はたくさんある。それらはもうどうでもいいような気もする。
本当はどうでもよくないのだけれど、どうでもいいことにしよう。
人の心など動かしようがない。だからなあんにも考えないんだよ。と夫が言う。それはどうにもならない事を考えて時間を使いたくないと言う強い意志表示で、
以前私はそれを冷たさだと考えていたが、今は弱さであり強さでもあると思うようになった。
1番近くにいて1番優しくて1番遠くにいる人。
私は18歳からこの人を見てきた。長い月日だった。
お互いを知ろうと言う努力はもうやめた。
生きているだけでお互いが支えになっている。それでいい。私たちは。
そして夜。
体のエネルギーはエンプティーに近くて、でも今日は痛みがそれほどではない。ただ夜8時半まで最後の薬を飲むために起きていなければならない。ベッドでうとうとしながら起きている私に、洗い物を終えて一人寛いでいた夫がドアを開けて声をかける。
「まだ起きてるの。おやすみ。」