とにかくさっぱりしたい
「捨てる」ことに躍起になっていた時期がありました。
世は断捨離ブーム。(去った?)ミニマリストの美しい暮らしが羨ましい。先を考えれば身辺整理の時限も遠くはないと。
捨てるというのには体力が要ります。運ぶ、調べる、連絡する、などなど。
そしてその前に決断する気力も。
ザンザンザブザブ捨てました。そして取捨選択のザルに残ったもの達が、今その時できたスペースに詰め込まれております。
祖父が小さな私のために買ってくれた手のひらに載るほどのアルマイトの弁当箱、父の友人が贈ってくれた子供用の磁器のお皿、私が6年生の頃に作った鉛筆立てなどなど。ちっちゃ!そしてほぼガラクタ。
転勤が多かった我が家の生活の中で、亡き母がそれらを捨てられなかった。
その思いを私は捨てられないのでしょうね。きっと。
こうして自分の場所を得たもの達以外はいつか似非ミニマリストの気紛れな魔手にかかることになりましょう。
腰が痛くない日がXデーというところですが、もはや貴重なものとなった体力気力が惹起される前に解決しなければならないのは、それらを見る目が「愛着」か「執着」かという問題。
ただただ考えています。明け方布団にくるまって。いや、これ物だけにとどまらないのですよ。今や人間関係にまで思いが及び。
あー、眠れない。