昔のことばかり思い出します
その日鎌倉の空気は冷たく、鳥居の側のスーパーから出てきた私は思わずコートの襟を立てた。
歩き出してすぐ、店の近くの無人のワゴンに紳士ものの革手袋が積まれているのに気付いた。
随分と安い。
でも悪くないなと思いながら、私は小さなワゴンの幾つかの手袋を手に取っては返していた。店員のいない気安さで。
しばらくすると、オーバーコート姿の若い父親と5歳くらいの男の子の二人連れがワゴンに足を止めた。
父親が言った。
「パパね、革の手袋欲しかったんだ。」「パパ!僕、買ったらいいと思うよ。」「そう?いい?」
親子の会話が続いていた。
父親を見上げながらいっぱしの買い物の相談相手になっているボクと、まるで大人相手の口調のパパ。
いつまでも側で聞いていたいような可愛らしい「男同士」のやりとりだった。
私は手袋を置いて駅に向かった。
10年近く前のことだ。
こんなことに出くわしたりするから街歩きは素敵(だった)。
あの日のパパとボクの会話は、このおばあちゃんがしかと憶えていますよ。今もお幸せでいらっしゃいますように。